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コラム 3

 渋沢栄一翁(3_1)
 JR高崎線の深谷駅に降り立ちますと東京駅を思わせるような煉瓦造りの駅舎に目を奪われます。そこが深谷が生んだ資本主義の父、といわれる明治の大実業家・渋沢栄一の生誕の地であります。明治20年に資本金20万円で設立した日本煉瓦製造株式会社は、我が国最初の赤煉瓦の製造会社です。深谷市は利根川沿いにありその粘土質の土が煉瓦に最適であることからこの地が選ばれたのでした。
 駅周辺から少し離れますとそこはもう農地がいっぱいで名産の深谷ネギがすくすくと成長しています。
 不動産業者の紹介でマイホームを求めてこの地までやってきました。首都圏まで快速で1時間余り、青空が広がり自然の潤いがいっぱいのこの地を選ぶか狭くても都心を選ぶか、あなたならどちらでしょうか。

渋沢栄一記念館 深谷ネギ

                    2003.2.20

 
交換(3_2)

 物々交換は簡単に執り行われる日常的は事ですがこれが不動産ともなると話が変わってきます。等価交換ならまだ話も早いかもしれませんが交換する土地の価値が違ってくると差額をどうするかの話し合いもなされなくてはなりません。一般的に契約書を取り交わした上で交換の登記手続きを執り行うようです。

                   2003.2.21

 
建物表示図面の作成方法(3_3)

 用紙は、B4で墨を用いて0.2mm以下の細線で作成。
各階平面図の縮尺は、原則として1/250とし、各階の形状と周囲の長さを記載し、床面積とその求積の方法を記載。
 建物図面の縮尺は、原則として1/500として決められた書式に則り作成する。
 図面の製作年月日を記載し、その作製者および申請人が署名・押印する。

 手書きの図面でも登記はできますが製図の経験がない者には建物の測量と図面引きには悩まされるものです。パソコンのCAD系のソフトを使いこなす技術があればプロ並みの図面に仕上がるものです。                                                                            2003.2.22

 
区分建物

 区分建物とは、「一棟の建物に構造上区分された数個の部分で独立して住居、店舗、事務所又は倉庫その他建物としての用途に供することができるもの」と規定されています。一棟の建物を二つ以上の部分に区別して、その各部分が、それぞれ別個の所有権の対象になる、その各部分のことである。
 身近な例で考えてみますと、神殿は法人名義、教職舎を建築した場合借り入れなどで抵当権などを設定する上から個人名義に登記するケースが生まれてきます。
 この場合、区分建物が認められる要件は@一棟の建物であることA構造上の独立性を有することB利用上の独立性を有することである。
                                                         2003.3.11

 
佐倉城 

 江戸の東方の搦手を守る重要な拠点として、徳川幕府の譜代大名・土井利勝が鹿島川や高崎川、高さ約30メートルの台地など自然をそのまま利用した近世城郭です。土井利勝は家康・秀忠・家光の徳川三代に使えた能吏で、将軍家からの信頼が篤かったことが伺われます。佐倉は江戸と北関東を結ぶ交通の要所であり、幕府は要職の人物を城主として送り込んだ。幕末期の堀田正睦は老中となり米国総領事ハリスと修好通商条約を結んだことで知られている。
 南出丸から三ノ丸御殿の台地下にかけて、一直線に大規模な土塁があり桜の老木が目を見張ります。地元の方の話では、マラソンの高橋尚子さんを以前は練習コースとして見かける機会があったそうです。

 土地の分筆とは、一筆の土地を分割して新たに数筆の土地とする登記です。登記は、所有権の登記名義人、相続人、共有者全員により申請が可能です。これには地積測量図、立会証明書の添付が必要です。境界を明確にする上で境界石の埋設、金属プレート等を使用。ここまで理解がつくと素人でも分筆登記は可能かも知れませんね。

                                  2004.10.19

 
石狩挽歌

 海猫(ごめ)が鳴くから ニシンが来ると 赤い筒袖(つっぽ)の やん衆がさわぐ ... と唄われた『石狩挽歌』の歌碑は小樽の町外れにある旧青山別邸の入口の左手の桜の木の下に建つ。小樽を歌ったこの鰊漁の挽歌はしっとりとした名曲で北海道の自然の厳しさのようなものを肌で感じさせてくれる。タクシー運転手のすすめで古代文字を見学。「手宮石室壁上彫刻アイヌ古代文字」。石狩挽歌の中で「かわらぬものは 古代文字「」と訳もわからず唄っていた意味が現地を歩いてみて初めて納得。

                                   2004.10.20


 吸収合併を登記面から眺めると


登記の目的   所有権移転

原   因   平成壱七年壱月五日合併

合併による権利承継者(被合併会社何株式会社)     ○○株式会社
          
       ○県○市○○番地 
                     ○○株式会社
        
添付書類   申請書副本  登記簿謄本  代理権限証書 
 

代 理 人     ○県○市○○番地
            ○○    印

平成壱七年 壱 月壱参 日申請  津地方法務局上野支局

課税価格  
登録免許税 

   不動産の表示

 
 吸収合併をマニュアル通りに進めるのは結構な事ですが時には例外のケースがあります。被合併法人名義の不動産が有る場合です。不動産をどのように処理をするのか当事者間で十分に話し合われることが大切です。最終的には合併による権利の承継により正負の不動産は上記の様な申請ですべて合併法人に引き継がれることが理解出来ます。

                      2005.1.15

 芭蕉の里

 
伊賀上野の駅前に立ちますと芭蕉の銅像が一番最初に目に飛び込んできます。「月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり。」という書き出しは有名。オーストラリアを旅したことは、以前にも書きましたが旅をするならヒッチハイクでとシドニーから西オーストラリアのパースまでの4000`でした。一番の難所と言われるナラボー平原は1700`の砂漠地帯あり、その中でも舗装されていない500`の道には不安を感じました。彼の地ではちょっと隣の町が300キロとか500キロも先のことですからその間は人の気配すらない音のない世界であります。
 「閑さや岩にしみ入る蝉の声」には人里離れた山の中でもすぐ近くに人の気配は感じられますがオーストラリアの広がりは半端ではありません。砂漠の真ん中に一人ポツンと車から降ろされた時の孤独感と不安感は時を経た今も心に残っております。こんな旅はしなければ良かったと後悔いてみても引き返すことも許されません。進む中に何とか活路が見つかるのでしょうか。
 明治31年にでき、昭和22年まで続いた民法を「旧民法」といいますが、その旧民法には、「家」制度がありました。「家」制度のもとでは、家族の代表者として「戸主」が存在し、相続は、この戸主の地位を相続する「家督相続」と呼ばれるものが中心でした。戸主になれるのは1人だけで、男子の年長者が優先的に戸主になり、家督相続すると同時にすべての財産を相続したのです。
 古い戸籍謄本を見ますと「前戸主」とか「戸主」の記載があり、相続登記の原因は家督相続となったようです。今となっては”家督相続”は死語のようなものですが登記手続き上においては、家督相続の上で相続をする場合も生まれてきます。


                             2005.1.15